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【絆 Vol.6 OBインタビュー第53代理事長 平良貴先輩】

こんにちは!
那覇JCでは、歴代理事長の先輩方に対して、JCで学んだことや現会員に伝えたいことなどをインタビューさせて頂きました。
貴重なお時間を頂いてインタビューしましたので是非お読みください。
今回は、第53代(2015年度)理事長であった、平良貴先輩にインタビューさせて頂きました。

質問: 「JC時代で学んだことや、JCで培ったスキルが本業でどう活かされたか」

いろんな要素があるとは思うんですけども、僕が一番感じたのは組織論を学べるところだなというところです。
会員の皆様の中では多分大きな企業から出向されてる方もいるだろうし、創業されてる方とか、あるいは二代目・三代目とかっていう人が色々いると思うんですけども、僕らの会社はそんなに大きい会社でなく、当時は100名ぐらいの会員の規模の組織をどう動かしていくか?組織の中でどういう風にやっていくか?っていう組織運営についてかなり勉強になりました。


その経験から、会社の中でもしっかりと役割とか組織を作って、「じゃあこうやっていこう!」というような感じで今は業務に活かしています。

質問: 「JC活動において、一番心に残る思い出」

一番心に残る思い出っていうのは結構難しい質問です。
多分ご承知の上だとは思いますが、非常に詰まった時間を過ごすので、一番というのを言われると結構大変なんですよね笑


ポイントで上げるとすれば、入会した当時に那覇青年会議所は全国大会を誘致して2009年に実施をするという大きな山と、安里繁信先輩を日本青年会議所会頭として輩出するっていう大きな山があったので、その時代は非常に印象に残っています。


それ以降も例えば、沖縄地区協議会であったり、那覇青年会議所のメインの事業であったりとか色々あるんですけども、一番っていうのはちょっと選びづらいですね笑

質問: 「理事長就任時は、どのような組織を目指し、どのような思いで活動したか」

私が理事長を受けたときっていうのは、実は非常にイレギュラーな状況で理事長になりました。
11月の中旬ぐらいに総会を打って、そこで理事長の選任を受けて、12月までの1か月間で予定者として準備をして、一月からスタートしたという通常の流れとは違う形で理事長になるという経緯がありました。


そのとき僕の時代で決まったのが、「じゃがいもゴルフ大会」っていう大会がありました。その全国大会をやるっていうが決まってて、その他にもサマーキャンプ等、那覇青年会議所が継続でする事業っていうのはいくつか決まっていました。
そんな中、急ごしらえの組織を作ったこともあり、次へとしっかりとバトンに繋ぐまでしっかりと一年をやりこなしていく!という思いで活動してました。

質問: 「貴方にとって、JCとはどんな場所ですか」

よく言われることなんですけれども「大人の学び舎」というところです。
今はどういう感じかわからないですけど、昔は体育会係のノリで結構大変な感じで、体を使い全ての行事に参加したり、全ての会議に出席したり、毎回飛行機に乗ってどっか飛んでいったり・・・・当たり前みたいな形でやっていましたが笑


そんな中、色々な人との関わりながら事業をやっていくと、一つの目標を持って皆で同じ方向へ向かうために作業をしていくと、やはり色々な学びとか気付きとか、あとは自分自身のふがいなさであったり、色々と発見もありました。

自分自身を見つめ直すというところがやっぱりJCの魅力である気がします。

質問: 「現会員・新入会員へ伝えたいこと」

新入会員の皆様、現会員の皆様、いずれにしても40歳までの団体ですので所属している間は失敗とか気にしないでどんどん思い切って前を向いてやってほしいなと思います。

これから会員として入りたいと考えている方は、入ってみてダメだったら辞めれば良いし、入ってみて「これは面白いな」っていうんであれば続けてもらえると良いと思います。


青年会議所にはいろんなフックがあります。自己セミナーが好きな人もいれば、国際交流が好きな人もいるし、はたまた公開討論会とか政治とか、そういったのも結構やったりするので、それぞれでフックがあり、そこで興味を持って何かしらいいものがあればそこに活動を通して頑張っていくという所をやってもらいたいなと思います。

沖縄の将来のために切磋琢磨していただきたいなと思います。以上です。

質問: 「会社PR」

私共の本業はお土産の小売販売です。
子会社では卸しの販売をさせていただいております。
創業が1963年の6月21日で、今の那覇空港の前の那覇空港のその前の那覇空港から店舗が始まっております。
その一年前から大宜味村のパイナップルを収穫してきて、そのまま叩き売りっていう形で販売してましたけども、1963年にしっかりと店舗を持って、そこからお土産品の小売販売を開始したという形になってます。